2020年9月25日金曜日

花入について

花入は茶花を入れるものです。

どこの茶会でも、床の間を始めに拝見します。あらたまった濃茶席では掛軸、墨跡が掛けられています。

そうなると、花入れは青磁、古銅が基本的です。 青磁は中国の南京時代(13世紀頃)のものが一番青釉が綺麗で最も貴重なものです。この頃の青磁は砧青磁と呼ばれます。形は真中より下の部分に従いふくらみのある砧形、中蕪、下蕪形等や、胴に7,8本スジのある笋形が中心ですが、あまり数はありません。

古銅は本来胡銅と書かれるのが正しく、中国の地名より取られています。胡というところで多く作られていました。形は中蕪、下蕪のものや、口造り柑子口などいろいろあります。また、耳は獅子、龍、管耳等があります。また肌を鑑賞することも大変重要で、見た目が透けた茶褐色のやわらかい肌合が見所の一つです。

同じ銅の花入でも夏の時期に使われる砂張釣舟形花入があります。砂張は朝鮮産と南蛮産の2種類に分けられますが、元々外国果物等の食器で使われた物を日本で茶道具に取り上げた物と思われます。砂張は正確には砂張銅といい、銅に銀や錫が混じった合金で、名品と言われる物は白や黄の光りかたが入り交じり非常にくっきり表れています。松本舟、淡路屋舟、ひらた舟など著名な釣舟花入が代表されます。

また、中国の明時代中期頃には盛盞瓶(せいさんぴん)と言う酒や水を入れた器が作られており、これもみたてで日本では花生に使われます。赤絵金襴手や、青磁に見られ、歌切や古画等の掛軸の前に置くと洒落た感じがします。また、これは共蓋をより珍重します。明の末期の頃には日本人好の染付、高砂が作られますが、紋様はおめでたい謡曲銘で、形は青磁や古銅の形よりとられています。

一方、日本の花入れは焼物に代表されますが、その中でまず近来特に人気の高い伊賀の花入れは天正頃城主、筒井定次が古田織部指導に従い焼かせた物です。筒井伊賀と呼ばれ、続いて藤堂伊賀が中心で、からたち、芙蓉、小倉、寿老人等代表される、火色、コゲ、ビードロや全体非常に力強い変化のある作行きが見所です。また、耳付のところも見逃せません。

一方、備前の花入も侘びには最高です。土はねっとりとした田土で全体発色の良い火色がかかり、黄味を帯びた榎肌やゴマ、また織部風の豪快な歪みや変化に富んでいます。他火色の少ない印部手や白他に火色のタスキがかかった火襷の手があります。

暫遊荘

 暫遊荘

 愛知県犬山市の木曽川河畔にある茶室である。

元は名古屋市堅三町にあった高松邸という建物である。それが、昭和60年に取り壊されると言うことになってしまった。その際にヤマザキマザックの当時の社長である山崎照幸氏によって移築再生されることになった。中村昌生氏の指導監修の元、建築は安井杢工務店、庭は川崎幸次郎という名工、名人の手によって平成2年4月に移築され、太郎庵の茶室に変わり復元された。

暫遊の名前は楽只斎松尾宗二が覚々斎から送られた号である。

敷地面積約8000坪のうち、延べ床面積194坪の建物は手斧造りの栗材の堀で囲まれ、門を入ると、玄関車寄から偕楽の間へと続く。主屋が二重畳、次の間が10畳で正面には1間半の床、床柱は栂(つが) の四方柾である。残りの一間を床脇とし、池袋月で、一重棚がある。鍋島の間は立札席となっており、床脇の吹抜に長さの不揃いの竹を並べて2畳の貫を通した手法に特徴がある。その他に、高取の間、萩の間、丹波の間、信楽の間があり、また2階には朝日の間、備前の間、楽山の間、瀬戸の間がある。

本玄関脇に、中庭に通じる路地門がある。腰掛待合があり、飛び石伝いに中滑りへと進み、蹲踞(そんきょ)、茶室「暫遊」へと導かれる。

1畳台目目2畳の客座と1畳に中柱を立てた台目構えの手前座を付した珍しい席となっている。

 なお、偕楽の間から眺める中潜りと茶室の見える手入れの行き届いた中庭は、杉苔と四季折々の樹木の変化が堪能できる。

また、建物の西側には内玄関があり、苑路が施されて、木曽川の清流を後ろにして楓、梅、紅葉などが川面に彩りを添えている。

茶花について

 茶花は、美しい自然の花をそのままに、季節を表現して入れるのが良いとされています。それ以外にもいくつか要件があります。

・開きかけの蕾がよい。

・梅、卯の花、木瓜、雪柳、山朱萸(サンシュユ)、山吹、開花の花には木槿、芙蓉(ふよう)、桔梗などが良い

・花の向きとしては前向きが良い

・あまり器に丈高く入れない方が良い

・葉は葉裏を見せない方が良い。

・葉数は奇数を選ぶ

・汚れた葉は濡れ布巾で拭いてから刺す

・茶席の雰囲気を壊さない花を活ける

などです。