2020年9月25日金曜日

暫遊荘

 暫遊荘

 愛知県犬山市の木曽川河畔にある茶室である。

元は名古屋市堅三町にあった高松邸という建物である。それが、昭和60年に取り壊されると言うことになってしまった。その際にヤマザキマザックの当時の社長である山崎照幸氏によって移築再生されることになった。中村昌生氏の指導監修の元、建築は安井杢工務店、庭は川崎幸次郎という名工、名人の手によって平成2年4月に移築され、太郎庵の茶室に変わり復元された。

暫遊の名前は楽只斎松尾宗二が覚々斎から送られた号である。

敷地面積約8000坪のうち、延べ床面積194坪の建物は手斧造りの栗材の堀で囲まれ、門を入ると、玄関車寄から偕楽の間へと続く。主屋が二重畳、次の間が10畳で正面には1間半の床、床柱は栂(つが) の四方柾である。残りの一間を床脇とし、池袋月で、一重棚がある。鍋島の間は立札席となっており、床脇の吹抜に長さの不揃いの竹を並べて2畳の貫を通した手法に特徴がある。その他に、高取の間、萩の間、丹波の間、信楽の間があり、また2階には朝日の間、備前の間、楽山の間、瀬戸の間がある。

本玄関脇に、中庭に通じる路地門がある。腰掛待合があり、飛び石伝いに中滑りへと進み、蹲踞(そんきょ)、茶室「暫遊」へと導かれる。

1畳台目目2畳の客座と1畳に中柱を立てた台目構えの手前座を付した珍しい席となっている。

 なお、偕楽の間から眺める中潜りと茶室の見える手入れの行き届いた中庭は、杉苔と四季折々の樹木の変化が堪能できる。

また、建物の西側には内玄関があり、苑路が施されて、木曽川の清流を後ろにして楓、梅、紅葉などが川面に彩りを添えている。

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