1月の初釜などが終わり、2月の茶事と言えば、節分釜と言って、伝統の行事がもよおされています。
2月の節分を過ぎると早春という季節に入り、寒さは残るものの、季節としては冬が終わっていきます。
2019年11月11日月曜日
丈山苑
江戸時代初期の文人、石川丈山の生誕地である安城市和泉郷の中に、丈山苑はある。
中には丈山苑の中核となる詩仙閣がある。これは、石川丈山が京都一乗寺に建て、終の栖とした詩仙堂をイメージしている。
玄関の木材は久米蔵塗りの落ち着いた造になっていて、月をイメージした窓がある。
庭園は一乗寺詩仙堂、東本願寺涉成園、田辺酬恩庵をイメージし、唐様庭園、回遊式池泉庭園、蓬莱庭園を組み合わせた庭園になっている。
詩仙の間に続く、2部屋の広間はそれぞれが10畳の部屋で、南面する床の間が付けられている。南庭は、京都・詩仙堂の唐様庭園を参考にした中国山水画の世界になっている。
北庭は田辺酬恩庵の北庭がイメージされていて、蓬莱(中国東海の想像上の楽園)と呼ばれる小宇宙を表現しているという。
中には丈山苑の中核となる詩仙閣がある。これは、石川丈山が京都一乗寺に建て、終の栖とした詩仙堂をイメージしている。
玄関の木材は久米蔵塗りの落ち着いた造になっていて、月をイメージした窓がある。
庭園は一乗寺詩仙堂、東本願寺涉成園、田辺酬恩庵をイメージし、唐様庭園、回遊式池泉庭園、蓬莱庭園を組み合わせた庭園になっている。
詩仙の間に続く、2部屋の広間はそれぞれが10畳の部屋で、南面する床の間が付けられている。南庭は、京都・詩仙堂の唐様庭園を参考にした中国山水画の世界になっている。
北庭は田辺酬恩庵の北庭がイメージされていて、蓬莱(中国東海の想像上の楽園)と呼ばれる小宇宙を表現しているという。
冬の花について
正月の生け花では、ナンテン、センリョウが使われる。旧家では赤い実のついたオモトを水盤に活け、正月には床に飾ったりする。
古い時代から和風の庭園にはナンテン、センリョウ、マンリョウ、アオキなどが必ず植えられている。
これは、花の無くなった冬の庭で赤い実の植物が花のように見える演出です。
クリスマスに柊を欧米で飾るのも、花が全くなくなってしまう北欧の冬で柊の赤い実が花のように見える演出を狙ったものと考えられる。
赤い葉のポインセチアが登場するのも同じ理由では無かろうか。
古い時代から和風の庭園にはナンテン、センリョウ、マンリョウ、アオキなどが必ず植えられている。
これは、花の無くなった冬の庭で赤い実の植物が花のように見える演出です。
クリスマスに柊を欧米で飾るのも、花が全くなくなってしまう北欧の冬で柊の赤い実が花のように見える演出を狙ったものと考えられる。
赤い葉のポインセチアが登場するのも同じ理由では無かろうか。
2019年11月6日水曜日
黒木書院
清洲城城内にある「黒木書院」は初期の書院造りの落ち着きと威厳を持っている。清洲城内にあったものを名古屋城本丸御殿の一部に移築した建物だと伝えられている。良質な松材に黒く色づけされていることから黒木書院という名が付けられた。
8畳2間とその周囲2方向に巡る1間幅の畳廊下から成っていて、北側の廊下の外の雨戸は、半蔀(はじとみ)になっている。長押しには釘隠しが打たれ、ふすまの引き手も細密華麗な飾り金具が施されている金色がまばゆい。
そのふすまは2本引きになっているが、違い棚の脇を除き、2本引きの間に障子を入れて、明かり取りになっているのが珍しい。
8畳2間とその周囲2方向に巡る1間幅の畳廊下から成っていて、北側の廊下の外の雨戸は、半蔀(はじとみ)になっている。長押しには釘隠しが打たれ、ふすまの引き手も細密華麗な飾り金具が施されている金色がまばゆい。
そのふすまは2本引きになっているが、違い棚の脇を除き、2本引きの間に障子を入れて、明かり取りになっているのが珍しい。
2019年11月5日火曜日
洞雲亭
洞雲亭は、もと香川県小豆島内海町坂手の洞雲山観音寺の庫裏だった建物を、平成3年に移築復元修理した建設物である。隣接する工法庵と水屋で接続されている。観音寺の建て替えに際して中部大学に寄贈された物で、文化9年(1812年)に建築されたことを記録する棟札がある貴重な庫建築で、瀬戸内上流民家の典型的な物である。
表側に8畳が2間と広い土間、裏手に9畳と大きな「いろり」を備えた板の間と台所がある。
移築に際しては、朽ちた部材の補足材として、靖国神社本殿の解体修理の際に不要となった古材を譲り受けて使われた。さらにその修復時の古材の残りを使って建てられたのが、小茶亭の「欄柯軒」です。
「道に迷った木こりが、なつめの木の下で楽しそうに碁を打つ童子の姿に見とれ、ふと気がつくと傍らの斧の柄(柯)が朽ちて(欄)いた」 と言う中国の欄柯の物語に由来している由である。この建物を設計した伊藤平エ門名誉教授は、自分にとっても中部大学が「学び舎は 読み書きたりて 斧の柄の 朽ちし所よ たのしかりけり」とそんな気持ちで設計されたという。
表側に8畳が2間と広い土間、裏手に9畳と大きな「いろり」を備えた板の間と台所がある。
移築に際しては、朽ちた部材の補足材として、靖国神社本殿の解体修理の際に不要となった古材を譲り受けて使われた。さらにその修復時の古材の残りを使って建てられたのが、小茶亭の「欄柯軒」です。
「道に迷った木こりが、なつめの木の下で楽しそうに碁を打つ童子の姿に見とれ、ふと気がつくと傍らの斧の柄(柯)が朽ちて(欄)いた」 と言う中国の欄柯の物語に由来している由である。この建物を設計した伊藤平エ門名誉教授は、自分にとっても中部大学が「学び舎は 読み書きたりて 斧の柄の 朽ちし所よ たのしかりけり」とそんな気持ちで設計されたという。
2019年11月4日月曜日
食籠(菓子器)の使い方
①正客は菓子器を預かっている。亭主が茶碗を取り上げ、ゆすぐころに正客は食籠を持って次客の方に差し出す
②「お先へ」と次礼をして、自身の膳前に取り込みます。亭主が茶巾を蓋の上に戻した時に、「お菓子をいただく」旨のあいさつをします。
③懐より懐紙を取り出し、一つ展げて菓子器の上座、手前寄りに置きます。(次客以下は下座に)
④右手で箸をとり、懐紙の上に乗せます。
⑤両手で蓋を持ち、右へ仰向けるようにして
⑥懐紙の上方へ仮置きします。(次客以下は下座に)
⑦懐紙の上にある箸を取り、菓子を箸で挟み、懐紙の上に取ります。器の中の菓子を直すならば直して、箸を再び懐紙に預けます。
⑧再び両手で蓋を持ち、左へ伏せるようにして、蓋を食籠の身に著せます。
⑨続いて食籠を持って、次客の方へ送り、常と同じように菓子を頂き、懐紙は懐の方へ納めます。
②「お先へ」と次礼をして、自身の膳前に取り込みます。亭主が茶巾を蓋の上に戻した時に、「お菓子をいただく」旨のあいさつをします。
③懐より懐紙を取り出し、一つ展げて菓子器の上座、手前寄りに置きます。(次客以下は下座に)
④右手で箸をとり、懐紙の上に乗せます。
⑤両手で蓋を持ち、右へ仰向けるようにして
⑥懐紙の上方へ仮置きします。(次客以下は下座に)
⑦懐紙の上にある箸を取り、菓子を箸で挟み、懐紙の上に取ります。器の中の菓子を直すならば直して、箸を再び懐紙に預けます。
⑧再び両手で蓋を持ち、左へ伏せるようにして、蓋を食籠の身に著せます。
⑨続いて食籠を持って、次客の方へ送り、常と同じように菓子を頂き、懐紙は懐の方へ納めます。
1月の茶事
年越しの茶事
年越しの茶事としては、大みそかに除夜の釜の炉火を埋めて置き、元旦にこの炉火を掻き起し、若水を釜に張り、湯を煮やして大福茶を点て飲みまわって信念を祝うという行事があります。
初釜
正月三が日が終わると、初釜が行われます。この時にはその年の干支に因んだ道具を使うことがあります。
正月の花としては、
「紅白の椿」「寒牡丹」「水仙」「福寿草」などが考えられます。結び柳を床の間の壁面の角の柱に活けることもあります。床の間には、めでたさを表すために、丸三宝に長熨斗を載せて飾ることもあります。
正月らしい棚と言うと大棚になります。
正月三ヶ日のお菓子は「長生糖」と呼ばれる古菓。5日の初釜の日は「珠光餅」と言われるお菓子。稽古始めは「常磐薯蕷」と名付けられた、緑色の餡を白い薯蕷皮で包んだ饅頭が蒸して供される。これは、半古斎宗匠の時代からこうだったのではないでしょうか?
年越しの茶事としては、大みそかに除夜の釜の炉火を埋めて置き、元旦にこの炉火を掻き起し、若水を釜に張り、湯を煮やして大福茶を点て飲みまわって信念を祝うという行事があります。
初釜
正月三が日が終わると、初釜が行われます。この時にはその年の干支に因んだ道具を使うことがあります。
正月の花としては、
「紅白の椿」「寒牡丹」「水仙」「福寿草」などが考えられます。結び柳を床の間の壁面の角の柱に活けることもあります。床の間には、めでたさを表すために、丸三宝に長熨斗を載せて飾ることもあります。
正月らしい棚と言うと大棚になります。
正月三ヶ日のお菓子は「長生糖」と呼ばれる古菓。5日の初釜の日は「珠光餅」と言われるお菓子。稽古始めは「常磐薯蕷」と名付けられた、緑色の餡を白い薯蕷皮で包んだ饅頭が蒸して供される。これは、半古斎宗匠の時代からこうだったのではないでしょうか?
安祥閣
安祥は安城の古名とも言われる。
この名を冠した安祥閣は、安城市の施設で、市街地の南の外れに建てられている。
隣は緑の多い秋葉公園で、安祥閣の緑色の屋根が、周辺の閑静な環境に溶け込んでいる。
竣工は昭和54年3月。同市に本社のあるマキタ電機製作所の相談役・後藤十次郎氏の私財1億円の寄付によって建築された。建物は鉄骨及び鉄筋コンクリート造りの純和風2階建てで、2階には多目的に使われる12.5畳1室、10畳2室、8畳1室の和室がある。
茶室は1階ロビーの奥に設けられている。4.5畳の茶席で、南面する床の間は、4尺5寸のいわゆる利休床の形である。床柱はしぼり丸太、また床の天井は大変に低い。その左側には2尺程の地板を入れて、その上に下地窓がつけられている。炉は広間切で、茶道畳の壁にあ点前座用の電灯が付けられている。
天井廻りには、茶道畳の上は幅2尺程の網代編みで、落ち天井の型。南面するところは、3尺幅の掛込天井の型、残り1坪強は現代感覚な平天井となっている。
部屋の西南角に2尺5寸程の幅で奥行き1尺くらいの地板を入れ、その西側に茶道口が付けられている。茶道口に東面するところににじり口があり、その北上に下地窓がある。なお、隣の部屋からも入れるように東南角は貴人口になっている。
この名を冠した安祥閣は、安城市の施設で、市街地の南の外れに建てられている。
隣は緑の多い秋葉公園で、安祥閣の緑色の屋根が、周辺の閑静な環境に溶け込んでいる。
竣工は昭和54年3月。同市に本社のあるマキタ電機製作所の相談役・後藤十次郎氏の私財1億円の寄付によって建築された。建物は鉄骨及び鉄筋コンクリート造りの純和風2階建てで、2階には多目的に使われる12.5畳1室、10畳2室、8畳1室の和室がある。
茶室は1階ロビーの奥に設けられている。4.5畳の茶席で、南面する床の間は、4尺5寸のいわゆる利休床の形である。床柱はしぼり丸太、また床の天井は大変に低い。その左側には2尺程の地板を入れて、その上に下地窓がつけられている。炉は広間切で、茶道畳の壁にあ点前座用の電灯が付けられている。
天井廻りには、茶道畳の上は幅2尺程の網代編みで、落ち天井の型。南面するところは、3尺幅の掛込天井の型、残り1坪強は現代感覚な平天井となっている。
部屋の西南角に2尺5寸程の幅で奥行き1尺くらいの地板を入れ、その西側に茶道口が付けられている。茶道口に東面するところににじり口があり、その北上に下地窓がある。なお、隣の部屋からも入れるように東南角は貴人口になっている。
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