津島駅の近くにある学校法人平山学園 清林館高等学校は、礼儀作法や精神力の鍛錬などの情操教育に力を注いでおり、その一環として茶道もあり、同校所有の「三養荘」が使われている。
三養荘は、江戸時代中期に建築され、明治初期からは豪商の居宅となった。それだけに、玄関脇の連子窓にはまる格子戸には商家らしい面影が残っている。玄関を開けて中に入ると、黒光りする欅の大黒柱、四間続き34畳の座敷、それにのぞむ露地の庭など、外から想像できない広さと風格を持っている。
更に、昭和4年に点てられたという書院のある一棟は、当時の銘木を用いた数寄屋造りで、津島随一といわれる本格的露地と共に、松尾宗吾宗匠が設計をされたものである。
一雨軒は、千宗旦好みの茶席で、全国的にも著名な数寄屋である。明治中期に京都から津島に移築され、書院の建築の折に現在の地に再建された物という。屋根尾こけら葺きも痛みが少なく、樹木の間にひっそりと建っている。
茶室内は三畳台目で、床は下座床。床正面ににじり口があり、床柱は杉か栗のなぐりの柱で、框(かまち)は北山杉の入節が使われている。床前畳の左に黒蹟窓、にじり口上は連子窓があり、その右側に下地窓がある。
三養荘とは、「進行、勤労、実際」の三つの心を養う場にしたいという願いを込めて命名されたと言う。昭和60年に同行所有となって今に至っている。
0 件のコメント:
コメントを投稿